エルサレムに着いて二日目です。
7時に起きて、動き出す前の旧市街地を歩いてまわりました。
一キロ四方の城壁で囲まれている旧市街地は、ユダヤ人地区とムスリム(パレスチナ人)地区とアルメニア人地区とキリスト教徒地区の4つの地区に分かれていて、とくにパレスチナ人地区と他の地区はまちの様子が異なります。当たり前なのですが、パレスチナ人地区は他のアラブ諸国の町のように雑然とした賑わいがあり、他の地区は欧州の田舎町のようです。
旧市街地の市場は、そのすべての人達が買い物に来ていて、それに世界各地からの巡礼者が加わり、見かけもも言葉も多種多様です。
しかし、まちのいたるところに機関銃を持った兵士が歩いていて、一見、平和そうに見えるこの町の暗部を垣間みることができます。青い建物に金色のドームで有名な「岩のドーム」は2001年にシャロン首相が就任してからはムスリム以外は入れなくなり、ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」に行くには、身体と持ち物チェックがあります。
散策の跡に、パレスチナ人居住区の東エルサレムにある、Palestinian Broadcastingというコミュニティラジオ局を訪ねるために、ホテルから電話をしました。しかし、二度電話をしても違うところにかかってしまいました。ラジオ局がある住所をツーリストインフォメーションで聞いたら「どこにあるのかわからない」といいます。インフォメーションのスタッフはイスラエル人なので、パレスチナ人が経営しているホテルで訪ねると、すぐにわかりました。
旧市街地からダマスカス門を抜けて東エルサレムに入り、10分ほどのところに、所在地に着きました。しかし、スタジオ跡らしき建物があるだけで、なかで掃除をしていた女性に尋ねても英語がまったく通じませんでした。近所の何軒かの店で聞いてみると、ラビン首相の頃に数年前のシャロン首相の時に、イスラエル政府がパレスチナ人のための放送を禁止し、Palestinian Broadcastingも免許を剥奪されてしまったそうです。どうりで電話をしても別の人が出るわけです。どうりでAMARCカンファレンスに参加していないはずです。
パレスチナ人の出入国はイスラエル政府に厳しくコントロールされていて、仮に彼らがラジオ局を運営していても、いまの政治的な状況下では、アンマンには行けなかったでしょう。
しかし、せっかくここまで来たのに、、、、。
テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記
|