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  • 神戸在住です。仕事場はNPO/コミュニティ放送局。たまに女子大で先生もしています。

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ヨーゼフの眼鏡
日比野純一がアレコレ気侭に綴ります
たかとり完成パーティ
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阪神淡路大震災で焼けたカトリックたかとり教会は、その後10年間、震災救援とまちづくり活動の拠点として多くの人が集った場所でした。二年の再建期間を経て、このほど新しい教会が建ちました。

そして、たかとりで生まれた多文化・多言語コミュニティラジオ局、FMわぃわぃも戻ってきました。
以前とは見違えるほどのスタジオです。

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26、27日は両日で1000人以上の方々と一緒に完成をお祝いしました。

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エジプト風そば飯!
神戸で初のエジプト料理のレストラン&カフェが職場の近くにオープンした。活動仲間のNPOがプロデュースしているミニ映画館に併設されている。
 
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オーナーシェフのジーナさん(写真)は、そのNPOで日本語を学びながら、日本の有名ホテルでエジプトのスイーツのパティシエとして働いていた玄人で、今はエジプト料理研究家として活躍している。

今日、ランチとディナーを食べに行った。

Very 美味!!!

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写真は、エジプト風混ぜ御飯とメニューに解説されていたシェリク。シェルパスタと二種類の豆と御飯が独特のトマトベースのソースで味付けされている。

これは、まさにエジプト風そば飯!(←長田にぴったり、800円で2〜3人前の量だし)


CAFE DINING JINA(神戸映画資料館内)
営業時間11時〜22時(ランチタイム11時〜14時)水曜休
JR新長田駅から徒歩5〜6分 
電話078-754-8039
http://www.kobe-eiga.net/cafe.htm


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わが町の唄者逝く
神戸の長田には、奄美群島の徳之島出身の人が多く暮らしています。町には民謡教室がいくつもあって、その中の一つの教室のお師匠さんで、徳之島町の山(さん)集落出身の唄者、坂元武広さんが12月11日未明に亡くなりました。

お別れのために通夜に行くと、民謡教室のお弟子さんをはじめ、島唄を通して故人とつながった多くの方が焼香に来ていました。

正面には坂元さんが愛用していた三線が供えられ、FMわぃわぃから発売させてもらったCD「徳之島 山の島唄を歌う」が会場に流れていました。

今年1月に発売したこのCDは、神戸在住の徳之島出身の方々にたくさん買っていただいたのですが、その多くはきっと日頃はCDなんか聴かないような年輩の方ばかりで、わざわざ電車を乗り継いで買いにきてくれた人もいました。遠く徳之島の町役場からも注文がありました。

「自分の取り分は要りません。その分はわぃわぃの活動に使ってください。この年になってCDを出せただけで私は十分です」

CDと神戸新聞に載った記事を手に、謙虚に誠実に語る坂元さんの顔が今も印象に残っています。

少しだけでしたが、FMわぃわぃも坂元さんといい仕事ができました。

合掌。

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エルサレムから再びアンマンへ
今日は、エルサレムあらアンマンに戻り、そして空路でドバイ経由で関空に帰る長い一日です。

朝7時半にミニバスは東エルサレムの乗り場から国境に向けて出発。10人のほどの乗客は僕の除いてみなパセスチナ人です。途中の道は、かつてイスラエルとヨルダンが何度も戦争をしたところで、今も警備がものものしく、何度かバスを止められパスポートをチェックされました。

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車窓から見える、朝日に照らされてキラキラ輝く死海がとてもきれいです。

出国手続きに1時間ほどかかり、バスを乗り換えて両国の緩衝地帯をゆっくり進みます。途中のゲートでヨルダン側から来たパレスチナ人の専用バスが 止めれていて、乗客の荷物が道に放り投げられ検査をされていました。なんかパレスチナ人がとても粗末に扱われている気がしました。

ヨルダン川を越えるとヨルダン領に入ります。入国の手続きはわずか10分足らず。国境検査所の外に出ると、あのアジアの雑然とした国境の町がそこにありました。タクシードライバーがにこっと笑って、「ヨルダンにようこそ♪」と話しかけてきます。
 
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ヨルダンに戻って、エルサレムでの違和感にはじめて気がつきました。この明るさがエルサレムの人々には欠けていたのです。

イスラエルとヨルダンは1994年の戦争状態終結宣言が出されてから国境が開き、現在三つの国境検問所が設けられています。今回渡ったのは実は非 公式の国境で、ヨルダン川西岸のパレスチナ人暫定自治区に住む人々がヨルダンに行くために開いているのですが、問題なく往復することができました。

国境を越えて。なんとも表現しにくい緊張感から解放された気がしました。

しかし、ヨルダンに(やむなく)移住してきたパレスチナ人がヨルダン川西岸に渡ることはとても難しくて、アンマンのイスラエル大使館に許可ももらいに毎日百人以上が並んでも、許可が下りるのはせいぜい三、四人だけだそうです。

国境ってなんだろう、それを深く考えさせられました。


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エルサレムの旧市街地
エルサレムに着いて二日目です。

7時に起きて、動き出す前の旧市街地を歩いてまわりました。

 

一キロ四方の城壁で囲まれている旧市街地は、ユダヤ人地区とムスリム(パレスチナ人)地区とアルメニア人地区とキリスト教徒地区の4つの地区に分かれていて、とくにパレスチナ人地区と他の地区はまちの様子が異なります。当たり前なのですが、パレスチナ人地区は他のアラブ諸国の町のように雑然とした賑わいがあり、他の地区は欧州の田舎町のようです。

 

旧市街地の市場は、そのすべての人達が買い物に来ていて、それに世界各地からの巡礼者が加わり、見かけもも言葉も多種多様です。


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しかし、まちのいたるところに機関銃を持った兵士が歩いていて、一見、平和そうに見えるこの町の暗部を垣間みることができます。青い建物に金色のドームで有名な「岩のドーム」は2001年にシャロン首相が就任してからはムスリム以外は入れなくなり、ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」に行くには、身体と持ち物チェックがあります。


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散策の跡に、パレスチナ人居住区の東エルサレムにある、Palestinian Broadcastingというコミュニティラジオ局を訪ねるために、ホテルから電話をしました。しかし、二度電話をしても違うところにかかってしまいました。ラジオ局がある住所をツーリストインフォメーションで聞いたら「どこにあるのかわからない」といいます。インフォメーションのスタッフはイスラエル人なので、パレスチナ人が経営しているホテルで訪ねると、すぐにわかりました。


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旧市街地からダマスカス門を抜けて東エルサレムに入り、10分ほどのところに、所在地に着きました。しかし、スタジオ跡らしき建物があるだけで、なかで掃除をしていた女性に尋ねても英語がまったく通じませんでした。近所の何軒かの店で聞いてみると、ラビン首相の頃に数年前のシャロン首相の時に、イスラエル政府がパレスチナ人のための放送を禁止し、Palestinian Broadcastingも免許を剥奪されてしまったそうです。どうりで電話をしても別の人が出るわけです。どうりでAMARCカンファレンスに参加していないはずです。

 

パレスチナ人の出入国はイスラエル政府に厳しくコントロールされていて、仮に彼らがラジオ局を運営していても、いまの政治的な状況下では、アンマンには行けなかったでしょう。

 

しかし、せっかくここまで来たのに、、、、。



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